変化が必要なとき

I'veの曲を久々に聴いている。
今までの生活に変化を求めようとする、そんな気持ちがあふれ出した時に、俺は音楽を聴くようになったり、聴かなくなったりするんだろう、きっと。


一時期同人音楽をよく聴いていた時期もあったけど、俺にはあまり合わないと感じて聴かなくなっていった。

また以前のように気が向いた時に気が向いた曲を、って感じになって、次第に音楽自体あまり聴かなくなっていった。
そんなせいなのか、I'veの曲は最後の再生が昨年の6月ごろまでで多くの曲が止まっている。
この時期は俺自身が学校生活に窮屈になっていて、色々な変化を求め、そのために必要な目標とか信念とかを様々な体験をもとに獲得していった時期だった。それから半年間、何度か挫折しそうになったが、このときの信念の力で今まで進んでくることができた。
しかしどんな信念でも、それだけで進んでいくには限界がある。たったひとつの信念だけでは現実とのズレに対処することが出来ないからだ。現実に即していなければ、どんな立派な信念でもただの戯言に変わってしまう。現実を見つめる姿勢や、現実に対する新たな問題が生まれてきた時、それまでの信念をさらに変えていく必要が生まれてくる。
12月頃からすでに。信念だけでこれ以上進んでいくのは無理だという身体や心からのサインがいくつも表れるようになる。つまり体が動かなくなったり、心が怒りや不安に長い時間とらわれて動かなくなっていく、そんな状態になることが増えていった。それでも、今はなんとか耐えてくれ、苦しければそれだけ強くなれるってずっと言い聞かせてなんとか持ちこたえてきた。
それが2009年になってとうとう動かなくなった。年明け後の3日間、俺は休むことに専念しようとした。それで体の疲れはとれる、そこからまた頑張っていこうと考えていた。4日、5日になっても体の疲れはとれない。体が思うように動かなかった。心は焦っていき、いつも以上にイライラしていく。ここで変わらなきゃずっとこのままだという信念からくる思いと、もうこれ以上こんな生活は続けられないっていう心身の叫びの間で押しつぶされそうになっていた。
そうは言っても、5日から授業は始まる。出なきゃいけない最低限の科目以外は1度休むことにした。1度休んでみることで、自分だって学校を休むことが出来る、「来なきゃいけない」って先入観を自分の中で取り除くためだって考えた。この方法は以前にも使って、その時はこの考え方をしたのが転機になって(他の要因もあるが)変化が生まれ、信念が作られた。今回も同じように変化することができればって願いも込めて、とりあえずしばらく様子を見ることにした。


つづく・・・